リサイクル親父の日記

第3話 潰れる前の任意整理で・・・

2010/06/21

仙台市から南方へ40~50分の場所である。
15年くらい前に新築した2階建ての事務所で、外見も内部もまだ新しさが感じられる。
ガラス張り玄関から広い階段を上ると、広々とした事務所内は陽光だけで十分な明るさだ。

当時新品で揃えたであろうオフホワイトの事務机が3区画に分かれて約20台あった。
パーテーションはそれらを数か所に仕切っていて、湾曲部のカーブも美しいのだ。
田舎の会社にしてはゆったりとしてて、昔、俺が仕事で行った東京の大手商社を思い出させる。

田園風景の中で新しい建物に事務機を揃えていたから、従業員は張り切って仕事をしてたんだろうと思える。
しかし、今は、それら動産を俺に買取して欲しい、と状況は一変してしまった。
社長だった人は廃業後に別の職についていたため、約束の時間に遅れてきた。

「競売で今月末に明け渡すんだが、弁護士に動産を片付けるように指示・・・」。
俺は理由を聞いて納得できた。
「商品価値のない物や壊れている物は買取できませんが・・よろしいですか?」。

「うん、それはそうだよね・・見積してもらって、弁護士に許可をもらう必要もあるから・・」。
「2階だし事務機は重いので人手が相当かかるので、買取金額はあまり期待しないで欲しいのですが・・」。
「重いからしょうがないし・・値段だけでもないし・・無理しない値段で結構ですから・・」と穏やかな言い方である。

現在は会社勤めだから、休みの日に引取して欲しい、と言っている。
それは俺には値段よりも片付けを最優先していることを知らせている。
駆け引きも無く素直な申し入れに俺は少し嬉しかった。

お人好しで純朴そうな人が廃業せざるを得なくなる。
競争社会の厳しさは辛い現実も見せるけど、何か清々した元社長さんの顔。
重荷をおろして経営の重圧から解放された安堵感のようなものを感じさせた。

地元では名の知れた会社だったのだろう。
その2代目の元社長は温厚で苦労無く育ったようだ。
「潰れる前に任意整理を勧められた、そして、自宅は残せたから・・・」。

無理な資金繰りの果てに何もかも失うのが一般的な姿だとしたら、元社長は良策を選んだのではないだろうか。
今、一緒に見積に立ち会っている人も元社員のようだ。
あまり社員にも辛い思いをさせなかったようだから、廃業は最善とも言える。