リサイクル親父の日記

第545話 日経の「春秋」に思いがあった

2012/05/10

今朝5月10日の日経「春秋」に感動するほど思いが通じた。
「政治というものの力を縮小していって、完全な遊戯にまで追い込んでしまえばいい」
と民俗学者の梅棹忠夫。それに司馬遼太郎が応じる。

「・・やっている本人は血相変えているけれども、人畜無害の遊戯にすぎないという形、それが理想の政治ですな」
二人の会話が紹介されてて俺は心底同調できた、しかし、40年前の対談内容だそうだ。
政治に幻滅してるから同調したのではない。

本来の政治のありよう、国民の意識が向上するほどに政治力は縮小した方がイイと思ったのだ。
40年前頃に大人になりつつあった俺は、そこそこ政治にも関心を持つようになった。
政治家は政治屋だったし、選挙のたんびに理解不能の輩が選挙運動とやらに熱狂してる。

国民のため、県民のため、市民のためと言いつつも、我田引水ばっかりだし。
選挙運動に携わる連中も贈収賄に精を出して利益誘導を目指していた。
国益や日本のため、国民のためとは裏腹ではないだろうか。

昨今もそうだが、或は相当昔から政治はそんな具合だったかもしれない。
諦めたり呆れたりしたくなる政治家の言動も数多知るとアホらしくなる。
彼らの権力闘争や争いに辟易してる。     

この気持ちをどう表わしたらいいのかと思っていた。
今朝の「春秋」のお二人の言葉はピタリとはまった。