リサイクル親父の日記

第565話 原点回帰を・・・でも

2012/07/09

先日、あるきっかけで随分前の知合いの情報を集める。
彼らも商売をしてて、俺のリサイクルショップ創業の直ぐ後に起業してる。
現在は順調に発展して、もう俺なんて足元にも及ばない規模である。

俺よりも一回りも若いし働き盛りで意気揚々でバリバリ、眩しいほど。
商売の考え方や努力を知るほどに成功は必然だったんだろうと納得できる。
彼らの10年を検証すると同時に俺自身も振り返った。

それは全くブレていないこと、起業精神とかコンセプトがキッチリしてて飽くなき探求を続けている。
俺はどうだったか、目的は生活費を稼ぐことが第一という至極現実的なことだった。
たまたまリサイクルショップの流行に合致してそこそこ繁盛したもんだ。

あろうことか多店舗化に突っ走って行くが、明確な理念や理想は持たないでいた。
時流に乗っての拡大だから、なんとなく店が増えていたと思う。  
お客さんのことや従業員のことを考えているようで、深く考えていなかった。

品物集めを最優先してたし、売ることは集めることと同義だと確信してた。
初めはリサイクルショップは競争が少ないからイイのかって考えてた。
それまでの仕事で激しい競争をする無意味さを感じてたから、できれば穏当な仕事、その当時は穏当な環境だった。

都会の仙台では少し努力するとたくさん集まったし、その結果としてイージーに店を増やす。
6~7年経った頃に競合店が増加したし、更に起業ラッシュで一気に激戦化した。
品物集めは低減して各店舗は採算悪化、人を育ててなかったから店は脆い。

遂に俺は店を手放す決心をして、順次店を譲って後退してきた。
2店舗の現状はそれなりに経営できてるから、俺は最悪を回避できたことに納得してる。
唯思うことは、ガンガンバリバリ突き進むことは今だに好まない。

気張らず焦らず自分のサイクルでやっていければ文句はない。
それにしても儲けがないとかなわないから、最低の黒字は出さないとと思う。
彼らの眩しさの裏側にあるであろう日々の努力には敬服する。

俺は多店舗した結果、店舗管理、金管理、人事管理だけしかできなくなってしまった。
毎日グルグル店舗を走り回ってばかりで販売も接客もしなくなったし、任せた以上は出しゃばることを避けた。
それに仕入れに追われてしまい、集まれば倉庫の心配、集まらないと焦りばかり。

マネジメント能力が低くかったのだろう。
この時期は多忙過ぎたし、次々に奪うトラブルや問題にストレスが頂点に達してたと思う。
現在は日々相変わらず四苦八苦はしているが、ストレスは皆無。

販売や接客にも注力できるし、俺自身は楽しみながらやれるようになっている。