リサイクル親父の日記

第711話 減反を止めるのか・・・

2013/11/06

俺の小さい時、小学校に入るか入らない頃の記憶なので、だいぶ薄らいできてる。
集落は小高い山のふもとに連なってたので、よく小さい山で遊んだのだ。
周りのほとんどの家が農家だったし、専業農家が大半なのだが我が家は農家じゃなかった。

次男だった親父は中学卒業後も実家の農作業を手伝っていたらしい。
相当若く結婚して実家で暮らしてて、俺は実家で生まれたそうな。
その後、近くの空き家に親父夫婦は移った、その頃から俺は記憶がある。

裏山は傾斜に沿った畑だったのだが、ある日その山は「開田」という開発で田圃に変わってしまった。
俺らの遊び場の小山は幾つもが「開田」になって、春先には水が入れられ風景は大きく変わったんだな。
今思えば、あの頃が農家の最盛期だったんだろうな、米を作るほど儲かった時代なのだ。

それを全国でやったわけでして、それから洋風化が広まり、パン食が進んで・・・そして米があまり出した。
稲作収穫数量は高効率になってドンドン増えるわ、しかし食する方は減るという真逆現象だ。
ついに政府は減反というあり得ない政策を持ち出したが、子供だった俺でさえ疑問に感じたっけ。

出稼ぎで生計を立ててた我が家、俺は農家が羨ましかった。
同時に自分の境遇を少し恨んだりしたが、長じるに従って、世の中が分かるにつれて、自分の生き方を考えるようになってた。
農家以外の仕事でひと旗あげたい。

30枚田圃があると「金持ち」と言われた時代だが、現在では幾ら田圃があっても何にも言われない。
人生は山あり谷ありってことだし、政府というかお上に従順なのが決して良くないと分かるのだ。
行政、要するにお上の政策決定のメカニズムを少しでも分かれば、全肯定してはならないって悟れるよね。

政治家と政治屋の違い、政治屋を利用する田舎や地方のお偉いさん達の思惑など・・知るほどに反吐が出ましたね。 
それでも・・時間はかかっても時代は変わらざるを得なくなり・・・大きな流れに逆らえないようで・・・
何でもかんでも補償金や補助金を出して黙らせて、そんなやり方はおかしい、変えないといけない。

農家だけじゃないけど、金にすがろうとセコイ連中が必ず現れて、我田引水(本当の)。
浅ましい姿を晒してるって、これは実に滑稽だよね。
俺、田圃も畑もなくて良かった、今は本当にそう思ってる。

減反が政策として無くなるって、誇りのある人に農業に取り組んでほしいな。